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札幌高等裁判所 昭和29年(う)390号 判決

主文

被告人宋世彦、同吉田克世、同沢田邦雄、同塚越曠子、同上出五郎、同服部和郎、同大筒和豊、同安東軍次郎、同松橋宏行、同松田忠雄、同沢井春蔵の本件各控訴、竝びに検察官の被告人宋世彦、同吉田克世、同沢田邦雄、同塚越曠子、同水落恒彦、同高橋昭一、同杉山芳夫、同上出五郎、同安東軍次郎、同原正光、同小野正昭に関する本件控訴は、いずれもこれを棄却する。

原判決中被告人松橋宏行、同島澄、同粟野ツヤに関する部分を破棄する。

被告人松橋宏行を懲役一年に、被告人島澄、同粟野ツヤを各懲役六月に処する。

原審における右被告人三名の未決勾留日数中各六〇日を右各本刑に算入する。

この裁判確定の日から被告人島澄、同粟野ツヤに対しいずれも一年間又被告人松橋宏行に対し三年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人津村勲に支給した分は右被告人松橋宏行、同島澄、同粟野ツヤと、原審共同被告人宋世彦、同上出五郎、同服部和郎、同大筒和豊、同安東軍次郎、同梅田慎吉との平等負担とし、国選弁護人堀井久雄に支給した分は被告人松橋宏行、同安東軍次郎、同大筒和豊、同沢井春蔵及び原審共同被告人梅田慎吉の平等負担とし、国選弁護人岩田玉之助に支給した分は被告人島澄、同粟野ツヤの平等負担とし、又当審における訴訟費用中証人湊新平、同伊藤安助、同佐藤正己、同岩田芳視、同稲田勝二、同河合末吉、同村山利数、同松村久弘、同倉山新一、同北条孝、同戸田国雄、同沢田繁雄、同中島久七、同津村勲、同五十嵐君子に支給した分及び国選弁護人杉之原舜一に支給した分は被告人水落恒彦、同高橋昭一、同杉山芳夫、同原正光、同小野正昭を除くその余の被告人等の平等負担とする。

被告人島澄、粟野ツヤは旭川駅における建造物侵入及び暴行竝びに公務執行妨害の点について無罪。

理由

本件各被告人の控訴の趣意は、被告人宋世彦、同沢田国雄、同塚越曠子、同上出五郎、同大筒和豊、同安東軍次郎、同松橋宏行、同松田忠雄、同沢井春蔵及び弁護人杉之原舜一の各提出に係る控訴趣意書記載のとおりであり、本件検察官の控訴趣意は、札幌高等検察庁検察官検事栗坂諭提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

被告人宋世彦の控訴趣意第一点、及び被告人沢田邦雄、同塚越曠子、同上出五郎、同大筒和豊、同安東軍次郎、同松橋宏行、同沢井春蔵の各控訴趣意、竝びに弁護人の控訴趣意第五点(いずれも事実誤認)について、

所論は被告人宋世彦、同沢田邦雄、同塚越曠子が、昭和二七年七月一四日午後七時前頃、赤旗、プラカード、棒等を所持した約三〇名の集団と共に旭川駅西集札口の柵をのりこえて、同駅一番ホームに侵入し、北海道新聞記者湊新平を停車中の急行列車「大雪」の客車の側壁に押しつけ、殴打又は足蹴にし、原判示の如き傷害を与えた事実、これを制止しようとした鉄道公安官岡田義雄を押しまくり、その制止を妨害した事実、竝びに旭川警察署警察官が旭川市駅前平和通り附近で右集団中の者を逮捕しようとしたとき、被告人上出五郎、同大筒和豊、同安東軍次郎、同宋世彦、同松橋宏行等が同警察署の警部岩田芳視、巡査部長河合末吉、巡査稲田勝二、同栗山政光、同越田秀雄、同田中聰、同阿部義雄、同佐藤正己、同宮川正夫、同津村勲等を原判示の如く殴つたり、蹴つたりして、傷害を与え、その逮捕行為を妨害した事実、同日午後一一時頃巡査村山利数が被告人沢井春蔵に対し職務質問を行おうとしたとき同被告人が同巡査に投石してこれを妨害した事実を否認し、いずれも右各事実を認めた原判決の事実の誤認を主張する。

しかし原判決が挙示する関係各証拠を綜合すれば、右各事実を十分認めることができるのであつて、右の事実は当審証人湊新平、同伊藤安助、同岩田芳視、同佐藤正己、同河合末吉、同稲田勝二、同越田秀雄、同田中聰、同松村久弘、同村山利数の各供述に徴してもまたこれを認めることができる。右認定に反する右各被告人の原審竝びに当審公判廷における供述は右各証言と対比して容易に措信し難く、本件記録を精査しても、他に右認定を覆すに足る何等適切の証拠がない。右の点に関しては原判決の事実認定に誤りがあることを発見することができない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第一点及び被告人松田忠雄の控訴趣意(いずれも法令の解釈適用の誤り)について、

所論は原判決の判示する被告人宋世彦外三名が旭川駅ホームに侵入した行為は、鉄道営業法第三七条に該当し、又被告人松田忠雄が同駅に停車中の急行列車「大雪」の客車内に立入つた行為は、鉄道営業法第二九条第一号に該当するものであつて、右被告人等はいずれも罰金刑又は科料刑をもつて処断せらるべきものであると主張し、右各所為に刑法第一三〇条を適用し、右各被告人を懲役刑に処している原判決はこの点で法令の解釈及び適用を誤つたものであると主張する。

よつてこの点につき検討すると、刑法第一三〇条に所謂建造物とは屋蓋を有し隔壁を設けた家屋のみならず、柵を施して外部との交通を制限した囲繞地をも包含するものであつて、旭川駅長の管理看守する旭川駅構内は、右法条に所謂建造物に該当することは、原判決の判示の通りであるが、右旭川駅が鉄道営業法第三七条に所謂停車場に該当することもまた疑のないところであつて、原判決が鉄道営業法第三七条に所謂停車場とは右のような建造物に該当しない停車場についての規定であると判示しているのは法令の解釈を誤つた違法があるけれども、右被告人宋世彦外三名が旭川駅ホームに不法に侵入した所為は、結局一個の行為で刑法第一三〇条及び鉄道営業法第三七条の二個の罪名に触れ刑法第五四条第一項前段に該当し、刑法第一〇条により重い刑法第一三〇条の建造物侵入罪の一罪で処罰すべきものであるから、右の誤りは原判決に明らかに影響を及ぼすものと云うことができない。

また被告人松田忠雄が本件当日旭川駅前広場で催された吉田内閣打倒市民大会に際し、吉田首相が列車で旭川駅に到着したか否かを調査するため、旭川駅一番ホームに立ち入り、更らに同ホームに乗客の降車後停車していた急行列車「大雪」の客車内に立ち入つたことは、同被告人の認めるところであるけれども、吉田首相の旭川駅到着の有無を確めるためには、旭川駅員に問合せれば、容易に判明することであつて、特に旭川駅構内に立ち入り右列車内に立ち入らねばできないことではない。されば同被告人が共産党機関紙アカハタ旭川支局員で、従来鉄道便による右機関紙受取のため右駅ホームに立ち入ることが黙認されていたとしても、前記の如き特別の目的のために特に右の如く立ち入るについては、駅管理者たる駅長の許諾が必要であると解されるにもかかわらず、その許諾のあつたことを認め得べき何等の証拠のない本件においては、被告人の右立ち入りを正当とする理由がないものと云わなければならない。そして、かりに右列車内に立ち入つた行為が、所論の如く鉄道営業法第二九条第一号に該当とするとしても、右所為は同被告人に対する本件公訴事実である旭川駅ホームに不法に侵入した侵入行為を更らに明確にするために附言されたものであつて、特にその点を区別して起訴されたものと解し得られないから、原裁判所は結局建造物侵入罪の一罪で被告人を処断しているのであつて、この点につき原判決には何等法令の解釈及び適用の誤りがない。論旨は理由がない。

弁護人及び被告人宋世彦の各控訴趣意第二点(いずれも法令の解釈及び適用の誤り)について、

所論は被告人宋世彦が、原判示の日時に原判示の如く外国人登録証明書を携帯していなかつたのは、その数日前に帯広市の義兄倉山新一方で、同人の子供に被告人が従来所持していた登録証明書を持たせたところ、子供が誤つてこれをこん炉の火中に落して焼失してしまつたためであると主張し、外国人登録証明書を所持しているにもかかわらず、これを携帯しなかつたものを罰する外国人登録法第一三条第一項、第一八条第一項第七号を、この場合に適用している原判決には法令の解釈適用に誤りがあると主張する。しかし右焼失の点に関する被告人の原審並びに当公判廷の供述及び当審証人倉山新一の供述は、原審証人守永英雄の供述と対比して容易に措信し難く、本件記録を精査しても他にかかる事実を確認するに足る何等適切の証拠がないのみならず、右不携帯発覚の数日前迄被告人が外国人登録証明書を所持していたことは、同被告人の認めるところであるから、右発覚当時もこれを所持していたことを十分推知することができるのであつて、原裁判所が焼失の主張を排斥し、被告人に対し本件不携帯の所為につき外国人登録法第一三条第一項、第一八条第一項第七号を適用したのは正に正当である。原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りがない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点(事実誤認又は法令解釈の誤り)について、

所論は原判示の旭川市平和通りにおける警察官の逮捕行為は旭川駅ホームに侵入した一団の人々と、同駅前広場の吉田内閣打倒市民大会に参加したのみで示威行進に移つた一団の人々とを区別しないで、その混入しているのに乗じて準現行犯逮捕という名をかりて、右集団示威運動に対し、暴力による弾圧を加えんとしたもので、刑法に所謂公務員の職権濫用罪に該当する違法行為であると主張し、右は何等公務の執行でないから、これを阻止するためにしたところの被告人等の暴行傷害行為は正当防衛であると主張し、この主張を排斥した原判決には事実の誤認があるか、又は法令解釈の誤りがあると主張する。

しかし本件記録を精査しても、当時警察官が右弁護人主張の如き不法逮捕の意図のあつたことを認めるに足るべき何等の証拠がない。適法な職務行為であるためには、その行為が公務員の抽象的職務権限に属するものであつて、かつ公務員が、その行為をなしうる法定の具体的権限を有することが必要であつて、その有無は裁判所が法令を解釈して客観的に判断すべきものであるが、警察官の準現行犯逮捕行為が適法であるか否かは、逮捕当時の具体的状況に基づき、右逮捕について警察官として用うべき注意を十分に払つてもなおそれを準現行犯と認めることが客観的に正当視さるべきものであつたかどうかにより決定さるべきものであつて、この観点から適法とされるものであればたとえ事後の判断において被逮捕者が犯人でないことが判つたとしても逮捕の適法性には影響がない。これを本件について考察すると、原判決挙示の関係証拠によれば、本件当日旭川駅前日通広場において、日本共産党上川委員会主催で、日共三〇周年記念前夜祭行事として吉田内閣打倒市民大会が開催された際、参加者中前記被告人宋世彦外三名を含む約三〇名の者が赤旗、プラカード、棒等を所持し一団となつて、旭川駅ホームに不法に侵入し、原判示の如く写真撮影中の北海道新聞記者湊新平に暴行を加え、かつこれを制止しようとした鉄道公安官岡田義雄に暴行を加えた後、駅前日通広場に集まり、右市民大会に参加したのみの群集もこれに混入して一団となり、共に示威行進を開始したのであるが、右混入したまま示威行進に移つた一団の人々も赤旗、プラカード、棒等を所持しているものが多かつたため、旭川市警察署警部岩田芳視が部下の警察官と共に右示威行進に移つた一団の者を、右建造物侵入、暴行、傷害罪の準現行犯人と認めて、逮捕手続に着手したことを認めることができるのであつて、原判決挙示の証拠によると、右集団は一見同一集団の如き観を呈していたことが十分に認められるのであるからこのような当時の状況に基づき右警察官がこれを旭川駅ホームに侵入し、暴行傷害をした人々であると信じて、逮捕手続に着手したことは、客観的に考えても正当であるというべく、従つて、右逮捕行為を目して違法行為と云うことはできない。

所論は右逮捕行為に際し、これを妨害した上出五郎その他原判示の各被告人等は、いずれも右逮捕行為が適法行為であるとの認識がないのみならず、却つて右逮捕を違法行為であると考えていたものであるから、右逮捕行為を阻止するため原判示の如く警察官に暴行傷害を加えたとしても、公務執行妨害罪の成立に必要な犯意を欠いていると主張するけれども、この点に関する右各被告人の原審並びに当審公判廷における供述は措信し難いのみならず、原判決挙示の証拠を綜合すれば、右被告人等いずれも被告人宋世彦外三名が外数十名の者と一団となつて、旭川駅ホームに不法に侵入した事実を自ら体験し、又は見聞しているのであつて、いずれもこれに関連して警察官の合法的な逮捕行為のあるべきことを予期し、これに対し強力な抵抗をなすべきことを決意して右逮捕を妨害した事実を窺知し得るから、右の主張はこれを採用しない。

されば右逮捕行為の違法なことを前提とする被告人等の正当防衛の主張を排斥し、右被告人等に対し暴行、傷害、公務執行妨害罪の成立を認めた原判決はまさに正当であつて、原判決には所論のような事実の誤認もなく、又法令解釈の誤りもない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第四点(正当防衛又は緊急避難)について、

所論は被告人安東軍次郎及び同吉田克世が、旭川市平和通りと二条通りの十字路西方丸勝百貨店仕入部入口より、松村勝次郎の邸宅内に警察官の逮捕を免れるため侵入した行為は正当防衛であると主張し、かりに然らずとするも、緊急避難行為であると主張するけれども、被告人吉田克世は旭川駅ホームに原判示の如く不法侵入した者であり、被告人安東軍次郎は原判示の如く巡査佐藤正己を殴打傷害した者であつて、いずれも前記平和通りにおける警察官の追跡をうけその逮捕を免れて逃走し、丸勝百貨店仕入部入口より松村勝次郎の邸宅内に潜伏の目的をもつて無断で侵入したものであることは、原判決挙示の証拠によつて明らかであつて、右逮捕行為の適法であることは、前記認定の如くであるから、かかる行為に刑法第三六条の適用のないことは勿論である。又右逮捕並びに追跡行為は被告人等の右犯罪行為に基因し、それに因り生じたものであつて、社会の通念に照らしても、かかる場合に、これを避けるため、他人の邸宅内に無断で侵入するが如き行為は、到底刑法第三七条に所謂已むことを得ざるに出でた行為とは認められない。この点に関する弁護人の主張を排斥した原判決の措辞がやや妥当を欠くきらいがあるけれども、原裁判所も右と同様の見解に出でたものと解することができる。されば右正当防衛及び緊急避難の主張を排斥した原判決には、何等事実の誤認も、法令解釈の誤りもない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第一点(事実誤認及び理由のくいちがい)について≪省略≫

検察官の控訴趣意第二点(火焔瓶に関する擬律錯誤)について≪省略≫

検察官の控訴趣意第三点(量刑不当)について≪省略≫

(罪となるべき事実)≪省略≫

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人松橋宏行の右判示第一、の(一)の建造物侵入の所為は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条に、又右判示第一、の(二)の所為中公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項に、傷害の点は同法第二〇四条罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条に夫々該当するところ、いずれも有期懲役刑を選択し、右第一、の(二)の公務執行妨害の所為と傷害の所為とは刑法第五四条第一項前段に該当するから、同法第一〇条第二項により重き傷害罪の刑により処断すべきところ、右傷害罪と右判示第一、の(一)の建造物侵入罪とは刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により重い傷害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人松橋宏行を懲役一年に処し、又被告人島澄、同粟野ツヤの右判示第二、の公務執行妨害の所為はいずれも刑法第九五条第一項に該当するから、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、その刑期範囲内で右被告人両名を各懲役六月に処し、刑法第二一条を適用して原審における右被告人三名の未決勾留日数中各六〇日を右被告人等の各本刑に算入し諸般の情状に鑑み刑法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から被告人島澄、同粟野ツヤに対しいずれも一年間、又被告人松橋宏行に対し三年間右各刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い原審ならびに当審における主文第六項掲記の訴訟費用は同項掲記のとおり右各被告人に負担させることとする。

被告人島澄、同粟野ツヤに対する公訴事実中同被告人等が

(一)  被告人宋世彦外数名と共に、昭和二七年七月一四日午後七時頃集団となつて正当の理由がないのに旭川駅西集札口の柵を乗りこえ、同駅長末広忠の管理看守する同駅一番ホームに立ち入り、

(二)  たまたま当時右ホーム内で写真撮影中の北海道新聞記者湊新平に向つて突進し同人を殴打又は足蹴にして暴行を加え、

(三)  当時右駅ホームにおいて旭川駅公安官岡田義雄が特別司法警察員として右(二)の共同暴行を制止しようとした際、同人に向つて突進同人を押しまくりその職務の執行を妨害した

旨の公訴事実は前記認定の如くその証明が十分でないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

仍て主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 中村義正)

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